Raizo's Blog

陰謀論からみた叛逆者たちの物語 〜その末路と隠された真実〜

「エリナー・リグビー」の真実【その1】(John Lennon 07)

 「エリナー・リグビー」(1966年8月リリース)は、教会を舞台とする孤独な女性と神父についての曲だ。

 歌詞の内容はひたすら描写的。感情表現はほとんどない。ビートルズが誰も楽器を演奏していないことに加え、その点でも収録された『リボルバー』の中で突出している。

 

 よく言われる通り、淡々と描写される「孤独な女性が教会で亡くなり神父が独りで埋葬する」という物語は陰惨としか言いようがない。

 

 最後の「誰も救われなかった(”No one was saved”)」は、ジョン・レノンがこの年の3月のインタビューのキリスト発言と呼応する、キリスト教と教会に対する批判的なスタンスが明らかにある。

 ただ、もっと深い、隠された真実がこの曲にはあると、筆者は考える。

 そして、それがキリスト発言の大騒動につながっているのだと。

 

 「エレナー・リグビー」の歌詞の解釈については、分かれるところもあるが、描写からだいたい以下のようなのが一般的だ。

 

・もう若くはない独身で孤独な女、エリナー・リグビー 

・彼女は貧しく、結婚式の後に米粒を拾っている

・教会の神父もまた孤独。彼の説教を誰も聞こうとしないし、近づいてこない

・彼も貧しく、夜中に靴下の穴を縫っている

・エリナー・リグビーは孤独なまま教会で死ぬ

・葬儀には誰も来ない。神父が一人で彼女を埋葬する

 

 

 ただ、Aメロの2フレーズ目に出てくる描写が一番わかりにくく、解釈が分かれる。

 

 まずは英語で見てみる。 

 

Waits at the window, wearing the face that she keeps in a jar by the door

Who is it for

 

エレナー・リグビーは窓辺で待つ

扉の脇の瓶にある化粧を顔に塗って

それは誰のためなんだろう?

 

 孤独な女性が化粧をして、やってこない男性を窓辺で待っている、という解釈。これが一般的なものである。

 

 しかし、"Wearing the face"は、「(何かで)顔を覆って隠す」というのが通常の解釈だ。

 

 ひたすら描写的で、感情を表す形容詞や直接的な比喩表現もほとんどないのがこの曲の特徴。

 なので、これを化粧をするという意味とするなら、"Make up face" とか "Wearing the make up" のような表現を使ったはずだ。

 

 窓辺で待っているのが、エレナーではなくて、むしろ別の誰か。それも男性だとして。

その男が、エレナーがドアのそばの壺に置いておいたマスクのようなものを、顔にかぶっているのだとして。それは、その男が正体を隠すためだったとしたら。

 最後の "Who is it for?" は、「(エレナーが壺に入れていたもので顔を覆うのは)誰のため?」 という皮肉な意味になっていく。

 

©︎ 2023, Raizo